エンディングノートぐらいは書いたほうがいい

ちまちまと終活をはじめている。

預貯金の場所、クレジットカード情報、保険の内容、WebサイトのIDやパスワード、いざという時に連絡してほしい友人とその連絡先、介護の希望、葬儀の希望、埋葬の希望、相続の希望・・・一通りのことはエンディングノートに書いた。あとは、本当に身寄りがなくなった時に財産の管理を頼む弁護士さんか誰かを考えなくてはいけない。

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写真を撮ったり記念の物を残したりするのも、どうでもいいやと思うようになってきた。どうせ私が死ぬ前に処分しなければならないのだから、それまでの思い出など意味がない。どうでもいい。私はきれいさっぱり跡形残さず旅立たねばならない。子供がいないとはこういう事なのだ。

最近はこの考え方が極端になってきて、世の中のお墓とか慰霊碑とか、死んだ人の思い出をそんなに残してどうするんだろうと思うようになってしまった。人はみないつかは死ぬ。全ての死んだ人を永遠に忘れないでいるのだとしたら、この世はお墓だらけ死者の物だらけになってしまう。子供がいようがいまいが死んだら属するものは全て焼き捨て骨を撒いて地に帰る、それだけでいいじゃないのと思ってしまう。

一方、うちの親は全ての事を子供に残し子供に整理してもらう気マンマンだ。「いざという時の事を考えて」とやんわり伝えたら「やだよ、そんな怖い事考えたくない」と子供みたいなことを言って逃げられた。うちは二人姉妹で二人とも嫁に出たので、墓じまいの事とか少しは考えてくれてもよかったのに何もしない。普通にお墓に入りますが何か?という感じ。相続についての話もないし、実家の整理をする様子もない。私がエンディングノートをつけていると言うと「ええ?縁起でもない」と、自分が後期高齢者である自覚ゼロである。

子供がいるってそんなに気楽なのかな。終活の事を子供に丸投げするのって、うちの両親だけなのだろうか。勝手だよ。自分のエンディングノートをつけながら、将来親に何かあった時に起こりそうな面倒くさい手続きの数々を悶々と考える。

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