母も孤独だったのでしょうか

エッセイ

 テレビを見ながら朝ごはん(夫は昼ご飯)を食べつつ、調子に乗って時事ネタ解説などペラペラと喋っていたら、夫がテレビを見たまま「うん」しか言わなくなったことに気づいた。まただ。夫が私の事をうるさく思っている時は必ずこうなる。私はそれに気づいた瞬間、話の途中(なんなら文節の途中)でパタッとしゃべるのをやめて押し黙った。すると夫は全然違う事を一人で喋り始めたが、私が無言を貫いていたのでそそくさと自室に帰ってしまった。

 いつからだろう。私が夫にこういう態度を取られるようになり、そのたびに深く傷ついて自分の心を閉ざしてしまうようになったのは。夫は基本的に私の話を聞いていない。自分が失敗すると「教えてくれなかった」と怒ってきたり、どこかで自分が見知った事を「知ってた?」と自慢げに言ってきたりするが、それは私が何度も夫に言って聞かせていた事であるのがほとんどだから。馬耳東風、馬の耳に念仏である。それでも時々、私の”念仏”が夫には雑音になるようだ。うるさそうな顔をされ、無視されて、どこかへ行ってしまう。だから私は家の中で、いつもとても孤独である。

 でも待てよと思った。この態度どこかで見覚えがあると思ったら、私は母に対して同じ事をしていたかもしれない。母が父の悪口を言い始めた時、すなわち私が聞きたくない話を長時間されることがわかった時、私は内心「ああ始まってしまった」と観念しながらアルカイックスマイルをたたえたまま「うん」しか言わなくなったものだった。(ただ一つ夫と違うのは、何時間続いても決して話の途中で寝なかったし席も立たなかった。)でも頑張って「話を聞いちゃだめ」と自分に言い聞かせ、なるべく聞き流すようにしていたのは事実。運よく話が途切れると、全く違う話をふってみたのも事実。母が死ぬ少し前に発狂しながら、「あなたはどう思うの!あなたはどう思うのって聞いてんのよ!」と私に怒鳴ってきた事は、忘れようったって忘れられない。

 母は父の悪口モードになると表情が一変して、私が相槌を打とうが打つまいが何時間でも一方的に話しつづける人だったので、私の態度に気づいていたのかいなかったのか今となってはわからない。でも本当は、今の私のようにとても孤独だったのではないだろうか。私が「それは嫌だったよね」とか「大変だったね」とか、嘘でもいいから共感する態度を見せていればあんなに発狂することもなかったのではないだろうか。

 「ママ、ごめんね」とつぶやいた私の目から、とめどなく涙があふれ出てきた。

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