生まれた土地を離れて広島で3年間過ごした話①

 思えば生まれも育ちも横浜だった私が夫の転勤で広島に移住した3年間は、私の人生の中でも重要な3年間だったと思う。

 平成某年6月のある日。夫が突然「転勤するかもしれない」と言い出した。夫の会社は関東の会社だったので転勤の「て」の字も考えたことはなかったのだが、グループ会社にしばらく異動しないかという打診があったのだと言う。どうしても夫と暮らしたいわけではなかったが、当時の私は、過干渉気味でメンタル不安定な母と物理的に距離を置きたくて「私も一緒に行く!」と即答した。

 引越し前の私は精神状態が非常に悪かった。どうにか人生を好転させたくて自分で耳にピアスを開けたりしていた。穴の場所が気に入らなくて何度も針を刺し開けなおしたり。自傷の意味があったのかもしれない。抗不安薬や睡眠導入薬を処方量より多めに飲むODを覚えたのもこの頃だった。新天地に行けばそんなやさぐれた生活が変わるのではないかという期待もあったのだ。

 最初に母に夫の転勤と私もついていく事を伝えた時は、案の定嫌な顔をされた。「私だったら行かない」と何度も言われた。けれど今回ばかりはコントロールされるわけにはいかない。せっかく結婚して家を出たのに、また実家には戻りたくない。私は聞かないふりをして慌ただしく引越しの準備を1か月で終えた。

 荷物の搬送に時間がかかるので引越当日は実家で1晩過ごして翌日出発したのだが、母は寝込んでしまい見送りもできないほどだった。「もう会えないかもしれない」と泣かれた。車に乗る私たちを窓から見ていた母の小さな姿は今でも忘れない。本当にもう会えないかもしれないと思った。

 それでも広島に移住したとたん、私の心は何かから解放された感覚でいっぱいになった。新しい家電や家具を誰にも相談しないで自分たちで買える喜びを初めて知ったし、新しい場所を散策したり新しいものを食べたり、生まれ変わったような気がした。

(つづく)

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