2026年を迎えました。
夫の父が2025年の1月早々に他界したため、我が家は喪中でした。
ほぼ1年経っているし喪中は年賀状を控えるぐらいしか知識がなかったので何も考えていなかったのですが、父から「喪中だろうから元旦は来なくていいよ」などと言われて「え??」
今さらながらググったら喪中はお正月のお祝いはもちろんのこと、おせち料理を作る事すら控えた方がよいとか。
知らなかったです~(おせち料理そもそも作ってないけど!)
という訳で慶びの言葉は述べませんが、とにかく2026年を迎えました。
年末は12月26日まで入院していたのと、大晦日に突然吐き気と怠さと喉の痛みを感じて寝込んでいたので、本当に何もしないまま2026年を迎えました。
そしてマンフルの夫が元旦の朝から「ぐりえちゃんの風邪がうつった怠い怠い怠い死ぬ死ぬ死ぬ」と大騒ぎをしたため、私一人で父の待つ実家に少しだけ行ってきました。
年末、父から毎日のようにLINEで「今日はお餅をつきました」「今日は栗きんとんを作りました」「今日は紅白なますを作りました」と写真つきの報告が来ていたので、こんなに準備してくれていたのに一人ぼっちのお正月はあまりにも寂しいだろうと思ったから。
体調が悪くて前述のように父からは「喪中だろうから無理して来なくていいよ」と言われたものの、親の発言は常に本心とは反対の意味だと叱責されながら育ってきた私には、どこまで本心どうしていいのかわからず誰からも『禁止』されることがなかったので、とりあえずムキになって行ってきました。
でも会えてよかったです。
父は今年93歳になるのですが本当に本当に本当に元気で、たぶん私より健康で気力も体力もあり何も心配事がないので娘としてはとても助かっています。
試しに父に「私はエンディングノートも遺書も書いてるけどパパは何か残してるの?」と終活の話をふってみたら「やめてくれ!冗談じゃないよ!100年早い!」と笑い飛ばされて、相変わらず『年寄り』の自覚がないみたいでした(精神年齢が30歳ぐらいなので)
とはいえ身体は高齢だから会えるうちに会っておかないと後悔するかもしれないし、国内最高齢の男性でも111歳だから長くてもあと15年ぐらいかぁと思うとやっぱりね。
あと会ってる間、父から私の年末の入院に関する発言が1秒もなかったのがちょっと悲しかったけど、常識で考えたら認知機能に衰えがあってもおかしくない年だから忘れてても仕方ないですね、うん。
毎年毎年ニュースで年末年始に遊びに出かけてる人を見ては「お正月を自由に過ごせる人は前世でどんな徳を積んだんだ」と恨めしく思う人生も五十ン年となりました。
私がお正月にゴロゴロしたり旅行に行ったりできるのは、親が他界してからと諦めています。
姉がお正月に実家にいたことなんてほとんどないのにどうして私だけこんな律儀なんだろうと思うけど、きっと私も来世では好き勝手生きれる人生になれると信じてます。
・・・と今年も愚痴ばっかりかよっ!
ごめんなさい。
(おまけ)
冠婚葬祭のときにいつも愛犬を預かっていただいてる実家のお隣さんから
「体調が思わしく無くてすぐにお帰りになったと伺いました。無理なさらずにゆっくり休んで下さいね。お姉さんは○○を見に行って楽しそうで羨ましい限りですね。(愛犬)ちゃんとお会いするのを楽しみにしていますが、まずは我が身を第一に考えてくださいね。」
とLINEメッセージが来て、泣いてしまいました。
見てくれてる人は見てくれてるから生きていけそうです。


コメント