手術の覚書

子宮筋腫

 腹式単純子宮全摘手術の覚書。興味のない方や苦手な方は読み飛ばしてほしい。
 十数年前とは病院が違うからか時代が違うからか、今回は7泊8日(術後6日)で退院できた。いろいろと昔の常識では驚くこともあったのでメモしておく。

入院日

 午後入院。希望通りの個室に入る。担当の看護師さんにフロアを案内してもらい、売店でT字帯とフラットおむつを購入してあとは自由時間。腹帯いらないの?と思ったが最近は使わないらしい。昔の病院ではやらされた剃毛もおへそのゴマ取りもない。最新の学説では剃毛するほうが不衛生だとかなんだとか。ゴマ取りも腹腔鏡手術の人はやるけれど、開腹手術の人はどうでもいいらしい。
 朝一番の手術だというのに夕食も普通に出てきて驚いた。21時から禁食。

手術日

 朝9時から手術だったが、6時までは何を飲んでもよいとのことでギリギリまで水を飲む。それから浣腸をしたわけだが、私はこの浣腸液が大の苦手。まあ得意な人はいないと思う。5分我慢のところを2分ぐらいでギブアップしてしまい看護師さんにおそるおそる報告したら、開腹手術の人はこれもわりとどうでもいいらしい。恥ずかしいトイレチェックもなし。数年後には廃止になっているのではないかと予想する。
 シャワーを浴びて手術着に着替え、エコノミークラス症候群防止の弾性ストッキングを履いて病室で待機していると、研修医の先生が来て点滴用の針を刺してくれた。私の血管は細いらしく、二度失敗して三度目に左手首の横にようやく成功した。
 手術室へはストレッチャーで移動かと思ったら徒歩移動だった。入り口の自動扉の前で手を振って家族と別れる。主治医に挨拶をして、麻酔科医や看護師さんたちに囲まれながら手術台によいしょと自分で乗った。ビニールシートみたいなものに包まれてからもぞもぞと手術着を脱ぎ、体のあちこちに電極などをつけられてから、背中に硬膜外麻酔の針を刺すので横を向いて丸まるように言われて、少しだけチクっとしたのを最後に記憶が途切れる。

 次に気がついたのは病室だっただろうか。口には酸素マスク、両足には謎の空気圧足マッサージ器が装着され、シュポーンシュポーンと交互に揉まれていた。この辺の記憶は曖昧だが、家族と手術の成功を喜び合ってとにかく気分が良かったのを覚えている。とても穏やかで晴れやかな気持ちだった。おそるおそるみぞおちのあたりを触ってみたら、それまで固く膨らんでいたものがなくなっていた。次第に意識もハッキリと覚醒し、前回の手術では朦朧としながら吐いていた事を思うと嬉しくて仕方がなかった。
 ところが夕方過ぎから猛烈な吐き気に襲われて、30分に一度は嘔吐するハメに陥った。麻酔の副作用には吐き気や頭痛があるらしいが、どうやら私は吐き気に出たらしい。吐くものがないから胃液を吐く。しまいには胃液もなくなって胆汁を吐いた。これが見たことのないほど緑色でまさにドロドロの抹茶。苦しいし体力を使うしそのたびに傷も痛む。夜中あまりに吐くので、吐き気止めの座薬を入れてもらったがほとんど効果なし。仕方がないので(吐き気の原因の一つと思われる)痛み止めの点滴のスピードを遅くしてもらったが、すると今度は腹部に鈍く重い痛みが襲ってきた。吐き気と痛みはトレードオフなのだ。かといって吐き気が治まる様子もなく、吐き気と痛みと熱(38℃ぐらい)に苦しみながら膿盆(嘔吐用のお皿)と氷枕と氷嚢を握りしめて、結局この日はほとんど眠れなかった。せめて意識が朦朧としてくれていればいいのに、なぜだか意識はハッキリしていて余計に辛かった。この時ほど手術を後悔したことはない。
 唯一の救いは個室だったこと。「うー」とか「あー」とか騒いでも迷惑にならないので、好きなだけ唸っていた。

術後1日目

 嘔吐は朝まで続いたが、次第に間隔が開いてきた。足マッサージ器が外されて上体を起こされ、早くも朝食が運ばれてきた。当然重湯だと思ったのに普通に全粥と鮭の塩焼き。一口だけ口に含んだ時にこれは食べられないと悟り、全てを残した。嘔吐こそしなくなったが吐き気は続いた。
 ご飯の時間が終わると、看護師さんが立ってみましょうと言う。無理無理無理!と笑ったが、看護師さんは真剣な顔だったので立つことにした。最初は足首が不安定な感じはしたが、なんとか立てた。じゃあトイレに行きましょうと言われて、前かがみに点滴スタンドにつかまりながらトイレまでヨチヨチ歩いた。そのままトイレで尿管を取られてしまったので、以降は尿意がしたらトイレまでは自力で歩かなくてはならなくなった。早くないですかと言ったら看護師さんに「うちはスパルタなんです」とニッコリされた。ベッドでは膿盆とお友達だというのに。
 昼食はなんと通常食。しかもおかずは麻婆豆腐という刺激物。こういうのって重湯→三分粥→全粥→通常食と順を踏むものではないのか。ふざけんなと思いつつ一口だけ食べてみたが、やっぱり無理。先生曰く「量は問題じゃなくてお腹に何か入れることが大事なので、それでいいです」とのこと。

術後2日目

 術後から続いていた咳がひどくなってきて、夜通し続いた。咳をするとお腹の傷が痛むので、咳をするのが怖くてあまり眠れなかった。全身麻酔の時に喉に人工呼吸のチューブが入っていた関係で、術後は声がかすれたり咳や痰が出る人は多いのだそうだ。朝一番で売店までヨチヨチ歩いて、のど飴を買った。
 朝食はパンが出た。いやいや、気持ちが悪いのにパンは無理でしょと笑ってしまう。この病院、やる気だな。
 午前中、背中に刺さっていた硬膜外麻酔が抜かれた。「これまでより1日早くなったんですよ」と嬉しそうな看護師さん。私はあんまり嬉しくない。これによって、それまで忘れていた持病の頭痛が徐々に復活してきてしまった。
 昼食は三色そぼろ丼だった。これが実に美味しそうで、私の空腹も我慢の限界だったらしく、かなり食べることができた。実質はじめての食事。
 そしてこれ以降、看護師さんがパタリと来なくなった。夕方になってせめて体ぐらい拭いてほしいと思いナースステーションに行くと、なんと麻酔が取れたのでシャワーを浴びてもいいと言う。いや、無理ですから。お腹に水が入っちゃうでしょと思っていたらそれが顔に出ていたらしく、看護師さんに「お腹の傷は接着剤みたいなもので止めてあるので、大丈夫なんですよ」と言われた。そうそう、今どきの手術って外は縫ってないらしいのだ。自分でもよく傷を見ていないから驚いた。でも何となく嫌だったのでシャワーは辞退して、蒸しタオルをたくさんもらって自分で拭いた。

術後3日目

 朝、痛み止めの点滴も終了。全ての管が体から外れた。どんどん歩くように言われる。とは言え点滴スタンドもなしに歩くのは心もとない。あとやはり腹帯がないので、どうにもお腹に力が入らない気がしてしまう。そしてやはり看護婦さんは全く来ない。完全なる放置プレイである。
 ついでになぜか両足が付け根から足先まで痛い。神経痛みたいな鈍い痛みで、手術時に履いていた弾性ストッキングを履くとかなりマシになる。主治医に言ってもはて?という感じで、手術の影響ではないと思うがややむくんでいるのかなと言われたので、とりあえず弾性ストッキングを履き続けることにする。
 夕方、初めてシャワーを浴びた。傷のところが濡れてタオルに血のようなものがついたが、看護師さんに見せるも出血ではなく固まっていた血が濡れてついただけだった。体重計があったので計ってみたら2kg減っていた。

術後4日目

 朝は血液検査と尿検査。
 咳がだんだんひどくなってきて、お腹の傷も痛いが胸も痛い。看護師さんにやんわり訴えても「乾燥してるから」しか言ってくれないので、回診の時に主治医に直接「薬をください」と言ったら漢方薬の咳止めを処方してもらえた。どうやら喉が過敏になっているようだ。それとTwitterで教えてもらった濡れマスクを購入して、少し楽になった。ついでにお通じがないのでマグミットも処方された。

術後5日目

 やっと体が普通に動かせるようになってきて、用がなくても歩こうと思えるようになってきた。と思ったらもう翌日は退院日だった。前の病院は術後8日間入院したのでゆっくりする時間があって、歩く練習をしながら病院内を探検したり遊んでいた覚えがあるが、今回はそんな時間はどこにもない。当然と言えば当然なのだが。
 午後、退院診察があって主治医から手術の説明を聞いた。

手術時間:2時間10分
摘出量:1150g
出血量:400cc
傷:縦12cm

 傷は以前の手術の傷を利用し、ケロイド状になってしまっていた部分をきれいに取ってもらえたそうなので、逆に傷跡が目立たなくなることが期待できる。心配していた腸への癒着はほとんどなく、わずかに腹膜に癒着していた程度だったので、至って普通の腹式単純子宮全摘手術だったそうだ。出血はさほど多くなく輸血の必要なし。前日の血液検査の結果、ヘモグロビン値は10.6だったので造血剤も不要とのこと。なお病理検査の結果、腫瘍は想像していたとおり良性腫瘍であった。聞けば聞くほどラッキーずくめである。
 摘出したモノの写真を見せてもらったが、これが子宮ですと示された中心部分はあまり見えず筋腫だらけで、ソフトボールが2つと野球ボールが1つと卓球のボールがいくつかくっついたみたいな形。置いてあったメジャーから察するに全体の幅は20cm強だろうか。これは取って良かったと、その時初めて思った。
 素朴な疑問「こんなに大きなものを取ったのになぜお腹は凹まないんでしょうねえ」と聞いたら、主治医に「おがくずの中のボールを取り出したとイメージしてください」と言われた。わかったようなわからないような。
 退院後は、激しい運動を控え極端に重いものを持たなければ普通の生活を送っていいそうだが、お風呂は1ヶ月後の再診まではシャワーのみ。傷に貼ってあるテープは1ヶ月ぐらいそのままにした方が傷がきれいに治るらしい。肉が盛り上がってくるのを防ぐのだそうだ。

術後6日目

 午前中に退院。クレジットカード払いのため、夫が「ポイントがつくから」と言って限度額適用認定証は申請しなかったので、198,000円+食事代+室料差額+消費税だった。

 こんな具合に今回の病院では「早期離床」「早期回復」を口酸っぱく言われたので、私もかなり洗脳されたようで、実家に帰ってから古い常識の家族に「しばらく安静にしてなさい」と言われるのと戦うのが大変だった。しかし人間が進化しているわけでもないのに、昔より回復が早くなっているのはどういうわけなのだろうか。今が限界なのか将来はもっと早くなるのか、なんとも気になるところである。

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