命日

思い出

 今日はフェレットのどんぐりちゃんが亡くなって3年目の命日。久しぶりに花を買ってきて遺骨のそばにお供えした。本当は納骨しないと成仏できないのかもしれないが、どうしても離れることができないでいる。
 どんぐりちゃんは、子供のいない私たち夫婦が初めて飼ったペットだった。あれはまだ私のうつ症状がひどかった頃。フラフラと近所を徘徊していたときにたまたま通ったペットショップで、初めてフェレットを見た私は「なんてかわいい動物がいるのか」と驚いた。抱っこさせてもらうと、ザラザラした舌で一生懸命にペロペロ舐めてくれた。夜帰宅した夫にその話をしたときの私の顔が、たぶん久しぶりに輝いていたのだろう。夫は二つ返事で「いいよ」と言ってくれて、次の週末にはもうどんぐりちゃんをお迎えしていた。
 最初は手探りの子育てだった。この子の世話をするのは私しかいないと思い、生きる意欲が少しだけ出てきた。フェレットの愛情表現なんて、犬を飼っている今から思えば本当に稚拙なものだったが、それでも私が泣きながら倒れていれば顔を舐めてくれたものだった。変てこな寝相で寝ているどんぐりちゃんを見ているうちに、笑うことを思い出してきた。うつ症状が悪化して入院することになった時に頑張れたのも、どんぐりちゃんにまた会いたいという一心だった気がする。
 私のエゴでただ長生きして欲しくて、3回も開腹手術をさせてしまったのはかわいそうな事をしたと思う。そして3年前の今日、腹水がたまってお医者さんも手の施しようがなくなり、あとはお家でと言われて動物病院からどんぐりちゃんを連れて帰るとき、ポロポロ泣きながら運転していたことを昨日のように思い出す。家に帰ってからもどんぐりちゃんを抱きしめながら泣いていたら、何度か「クゥー」と鳴いてくれてそれはまるで「ママ泣かないで」と言ってくれているかのようだった。私は涙をこらえ必死に笑顔を作って話しかけていたが、やがて腕の中で呼吸をしなくなったどんぐりちゃんを感じてからはもう、泣きすぎておかしくなるんじゃないかと思うぐらいワンワン泣いた。
 こうして思い出すと、どんぐりちゃんの前では泣いてばかりだった。実は今も書きながら泣いている。「ママどうしたの」って言われちゃうかもしれないから、もう泣かないようにしなければ。最近は笑える時間も増えてきたよ。次に虹の橋で会うときには、とびきりの笑顔を見せてあげるからね。

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後悔ばかり(どんぐりの背比べ)
フェレット考(どんぐりの背比べ)
いとしいもの(どんぐりの背比べ)
永眠しました(どんぐりの背比べ)
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