父のこと

続・どんぐりの背比べ

 私の父は昔から周りの人に変人と言われていたようだ。少なくとも母はケンカのたびに父の事を変人だのきちがいだのと罵っていた。
 どこが変わっているのかと言うと、母曰く話が通じないらしい。「アレ取ってきて。」はまず理解できない。「お風呂見てきて。」と言われればお風呂をただ見て帰ってくる。何かにつけて1から10まで説明しないとわからないので、母は疲れてしまうようだ。次第に母の機嫌が悪くなっていることにも気づかず、母が怒鳴り出すと「どうしたの?」「きちんと言わなきゃわからないじゃないか。」と不思議顔。たまらず母が嫌味を言うと「そんな事ない。」の一点張り。それどころか母の言葉の使い方の間違いを指摘しては「辞書をひけ。」と鼻で笑っていたり。気分を害したと訴えても「悪い事をしたわけじゃないんだから謝る必要がない。」と謝ることをしないため、最後に母が発狂するというお決まりのパターンである。
 母は嘆く。「悪い人じゃないんだけどねぇ。」
 母にも問題はあるのだが母のことはさておき、父のこの性質について。以前テレビである特集を見ていて、父とそっくりの人が出ていて目から鱗が落ちる思いだった。それは「発達障害」の特集であった。特に「アスペルガー症候群」という精神疾患。行間を読むことができない。人が口に出して言葉で言わなければ意図していることが何かを理解できない。調べれば調べるほど父はその通りなのである。
 勝手に診断してしまうのはいけない事だが、一種の障害なのだと思うと納得もいくし楽になる。対処のしようもある。母は結婚してから何十年間も父のこの性格を変えようと奮闘してきたにも関わらず、父が全く変わろうとしないことに怒ってばかりいるので、私は母に言ってみた。父のこれは性格ではなく特性なのだと。「言わなくてもわかるでしょ。」という常識は通用しないこと。何かをして欲しいときは言葉で細かく伝えること。過度な思いやりを期待しないこと。
 それからの母はしばらくケンカをふっかける時に「この障害者!」などと罵るようになった。私は母に入れ知恵をしたことを後悔し、父に申し訳なく思った。けれどもそれから数年たった今、次第に母も父に執着せず”あきらめる”ことを覚えてきたようだ。ようやく「ああいう人だから仕方ないのかしらねぇ。」と言うようになってきた。このまま母の理解が進み、激しい夫婦喧嘩が減ってくれるように願うのみである。
 そんな父だが、多くのアスペルガーの人たちがそうであるように特定の分野の能力に優れているようで、会社でも変人として有名であったにも関わらず、専門職のエキスパートとしていまだに現役で活躍している。性格的には普段は温厚でとても優しい。私にとっては尊敬すべき大好きな父である。いつまでも元気に長生きして欲しいなと、最近とみに思うのである。

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アスペルガー症候群(Wikipedia)
障害者とパートナー(どんぐりの背比べ)
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