人の気持ちがわからない人の気持ちを尊重する

 先日、一人で実家の父のところへ行った。

 父は6月に誕生日を迎えたばかり。これまで父の誕生日には、(父は欲しがっていないと思うが)母が喜びそうな洋服や小物など身なりを整えるアイテムを父にプレゼントしていた。だが、夫のおかげで今はすっかり”家族”に対する認識が超ドライになってしまった私。今年はもう好きにしてもらおうと思って、父にAmazonギフトカードをプレゼントした。

 父とその使い道の話などをしながら「だってパパは、ママやお姉ちゃんから価値観を押しつけられてるの嫌だったでしょ?せっかくと言ってはなんだけど一人になったことだし、もう好きなようにしてもらおうと思って」と言ったら、なんと「ママや〇〇ちゃん(姉)に押しつけられたなんて思ったことないけど」と全否定された。
 心底ビックリしてどういうことか聞いたら、「アドバイスはしてもらったことはあるけが、押しつけられたことはない」と言う。いや、いつも亡き母や姉から『あれしろこれしろ』『あれするなこれするな』と言われてて、父が言うことを全然聞かないから母が発狂してたではないか。姉と取っ組み合いのけんかをしているではないか。それを言ったら「そんなことない。僕はいつもみんなの言うこと素直に聞いてる」とニコニコしている。

 こちらの頭がおかしくなりそうだ。「いやいや!ママはいつも怒ってて『離婚したい』とか『殺したい』とか私にしょっちゅう言ってきてたし、死ぬ直前までベッドの上で『謝れ!』って発狂してたじゃない!」と返したら「ママが怒ってた?」と首を捻る父。そこで「怒りのあまりメガネとかパソコンとか壊されたりしてたじゃん!」と事実を述べてみたら、父は笑って「ああ、そういえばそんなこともあったね」「いじわるされたことはあるけど、怒られたことはない」「どうしていじわるするのかなとは思ってたけどかわいかった」と言い切った。

 あんなに怒って怒って怒って泣いて喚いて怒って寝込んで籠城して物を壊して怒って怒って怒って泣いて喚いて殺したいほど憎んでつかみかかって泣いて泣いて喚いて叫んで叫んでた母を「怒ってなかった」「いじわるしてきてかわいかった」なんてどうして言えるのだろう。
 これはもうモンスターだな。母の気持ちが初めてわかった瞬間だった。

 何度も書いたが、父は絵にかいたようなASD(昔で言うアスペルガー症候群)であり、対人コミュニケーションがかなり独特だ。母は結婚してから死ぬまでそのことでずっと苦しんでいて、なんとか父にわからせようと父に対してモラハラまがいなことをしていたが、最後まで父が母の気持ちを理解することはなかった。
 母はその苦しさを誰かと共有したかったのだろう、発狂したままよく私の同意を得ようとしていたのだが、父とあまり深い話をしたことがなかった私は「私がおかしいって言うの!?」と怒鳴る母が全く理解できず、「ママはおかしくない」とはどうしても言えなかった。逆に「パパがかわいそう」などと言ってしまい、ご飯を作ってもらえなくなったこともあった。

 でも今は思う。

ママはおかしくなかったよ。

 父のことを「かわいそう」と言ってかばって損したよ。
 母は、安心できるはずの配偶者である父と全くは話が通じず、子供にも理解されず、どんなに孤独だったのだろう。今でこそ”発達障害”という言葉が有名になって、そういう”特性”を持っている人が1割ほどいることがわかっている。でも母の生きた昭和の時代、母も私もそんなこと知る由もなかった。
 パートナーと意思疎通が全くできないのに誰にも信じてもらえず、理由もわからないままに「なんか変な人だな」が積もり積もって、しまいには精神を病んでしまった母のことを今なら理解できる。


 ・・・などという事があったが、それは「父と母」という私とは別の人格の夫婦の話。いくら私が想像したところで、本当は父も母も何を考えていたのかなどわかる由もない。ましてや「私がどうにかしてたら何かが変わったかも」と思うなんてナンセンスである。
 広島でしっかりカウンセリングを受けた私は、今では冷静にそう考えることができるようになっていて、自分として誇らしい。

 なので父と会った日の夜、夕食の席で夫にただの感想として「うちのお父さんが、私が思ってたよりずっと変な人だった」「お母さんにギャーギャー言われてたのに何も感じてなかったみたいだから、全然かわいそうじゃなかった」「お母さんはそんなにおかしくなかったのかも」「お母さんに悪い事しちゃったな」という話をしたら、はい、夫が怒り出した(困惑)

どうしてお父さんがおかしいの?
他人の価値観は尊重しないといけないのに、価値観を押しつけようとしてたお母さんの方がおかしいでしょ!

 なんということでしょう。
 私の実家の愚痴を「自分が言われてるんじゃないか」と勝手に勘違いしてプライドを傷つけられたため頭に血が上り、この場にいない人を謎持論で擁護しながら私に喧嘩を吹っかけてくる、夫の定例のしぐさが始まった。

 そこで言い返すとまた夫が激怒しそうで面倒くさかったので、「はいはい」と話を終わらせて私は思った。

ASDにもいろんなタイプの人がいるんだなあ。

 父のように ”他人に何を言われようとなーんにも感じない” 人もいれば、夫のように ”自分に無関係な話を聞いただけなのに自分が否定されたと感じて怒る” 人もいる。もしかしたら夫の場合は、ただ ”自己中心性が異常に高い人” というだけで、ASDじゃないかもしれない。しらんけど。

 それから夫が言ったことについて、おかしいよなあと思った。「他人の価値観は尊重しなければいけない」はその通りなのだが、だったら私や母のような『人と心を通わせ合いたい』『心が通じない人は嫌だな』と思う価値観を尊重しないのは何故なんだい?
 自分と同じような人の価値観は尊重されるべきだが、そうでない人の価値観はおかしいと言ってのけるのがもうね、自己中心性高めのダブスタなんよ。

 と、本人のいないところで論破したところで、この話は忘れることにしよう。おやすみなさい。

コメント

テキストのコピーはできません。